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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)230号 判決

原告

株式会社東芝

被告

ブラザー工業株式会社

主文

1  特許庁が昭和51年審判第8762号事件について昭和55年6月11日にした審決を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者双方の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は名称を「電子レンジのオーブンドア開閉機構」とする登録第1090422号実用新案(以下「本件考案」という。)の実用新案権者であるところ、被告は昭和51年8月10日特許庁に対し原告を被請求人として本件考案を無効とすることについての審判を請求した。特許庁はこれを昭和51年審判第8762号事件として審理したうえ、昭和55年6月11日「本件考案を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年7月9日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

被加熱食品を収納するオーブンと、このオーブンに回動自在に枢着され前記オーブンの前面開口部を開閉するオーブンドアと、前記オーブン内にマイクロ波を発生させるマグネトロンと、前記オーブンおよびオーブンドアに設けられ前記オーブンドアを前記オーブンにロツクするロツク機構と、前記オーブンドアに設けられたドア操作把手を貫通して設けられ前記ロツク機構を手動操作する操作杆と、前記ロツク機構に連動して作動し前記マグネトロンの電源回路を開閉するスイツチとを具備し、前記オーブンドアの開放に先だつて前記操作杆を操作して前記ロツク機構を解除し、かつこのロツク機構の解除により前記マグネトロンの動作を停止させるとともに、前記ロツク機構のロツク時のみ前記マグネトロンを動作させるようにしたことを特徴とする電子レンジのオーブンドア開閉機構。

3  審決の理由の要点

本件考案の要旨は前項記載のとおりである。

これに対し、請求人が甲第7号証(以下「第1引用例」という。)として提示した実公和43―22184号公報には、「被加工食品を収納するオーブンと、このオーブンに回動自在に枢着され前記オーブンの前面開口部を開閉するオーブンドアと、前記オーブン内にマイクロ波を発生させるマグネトロンと、前記オーブンドアに回動自在に枢支されたアームと、前記アームに連動して作動し前記マグネトロンによる電波の照射を制御するスイツチとを具備し、前記オーブンドアの開扉により前記スイツチを介して前記マグネトロンによる電波の照射を停止させるとともに、前記オーブンドアの閉塞時のみ前記マグネトロンにより電波を照射させる電子レンジ。」が記載されているものと認められる。そこで、本件登録実用新案の要旨(以下、「前者」という)と、第1引用例記載のもの(以下、後者」という)とを比較すると、①前者は、オーブンドアの開放に先だつてマグネトロンの動作を停止させるものであるのに対し、後者は、オーブンドアの開扉によりマグネトロンによる電波の照射を停止させるものであること。②前者は、オーブンドアをロツクするロツク機構と、このロツク機構を操作するためにドア操作把手を貫通して設けられた操作杆と、このロツク機構の解除に連動してマグネトロンの動作を停止するためのスイツチを具備しているのに対し、後者は、ドアのアームに連動してマグネトロンによる電波の照射を停止させるためのスイツチを具備していることの2点に一応の相違が認められるが、残余の構成については実質上一致しているものと認められる。

この①の相違点について検討するに、電子レンジから漏洩する電波が他の通信機器に悪影響を及ぼすこと、あるいは人体に対しても好ましくない影響を及ぼす虞れのあることは周知であるから、電子レンジからの電波がドアの開扉に際しても漏洩しないような配慮をなすべきことは当然のことである。

そして、放射性体の漏洩防止のためのものではあるにせよ、扉を開くに先だつて漏洩防止のための安全手段を講じた後、この扉の開放を許容することが、請求人が甲第10号証(以下「第2引用例」という)として引用した実公昭37―3997号公報(昭和37年3月6日発行)に記載されており、本件登録実用新案の出願前公知であつたことが認められ、加えて、電子レンジのドアを開扉した際の電波漏洩を防止するための安全手段としてマグネトロンの動作を停止させることは、請求人が甲第5号証(以下「第3引用例」という)として提出した米国特許第3321604号明細書(1967年5月23日発行)の第7欄第61乃至66行の記載を引用するまでもなく周知であるから、この相違点に関する前者の構成は、当業者のきわめて容易に想到実施し得る程度の事項に過ぎないものと認める。

次に相違点②について、請求人が甲第2号証(以下「第4引用例」という)として提示した米国特許第2934074号明細書(1960年4月26日発行)には、電気皿洗機に関するものであるが、ドアの開放に先だつて筐体内の電動ポンプを停止させることによつて作動流体の漏洩を防止するための構成が示されており、これは、「筐体1及びドア7に設けられ前記ドアを前記筐体にロツクするロツク機構40、44と、前記ドアに設けられたドア操作把手35に接近して設けられ、通常の開扉動作と連続した動作によつて操作され、前記ロツク機構を手動操作する操作体51と、前記ロツク機構に連動して作動し、電動ポンプの付勢回路を開閉するスイツチ33とを具備する」ものであることが認められる。

これを前者の相違点②に関する構成と対比すると、前者のロツク機構を操作する操作杆がドア操作把手を貫通して設けられているのに対し、この操作杆に対応するものと認められる第4引用例記載のものの操作体51は、ドア操作把手に接近して設けられ通常の開扉動作と連続した動作により操作される点で相違してはいるが、前者がドア操作把手を貫通して操作杆を設けた理由が通常の開扉動作と連続してロツク機構を操作し得るようにするにあることは、その構成自体から見て明らかであり、しかもロツク機構を操作するために操作把手を貫通して操作杆を設けることが、請求人が甲第4号証(以下「第5引用例」という)として提示した実公昭33―20195号公報(昭和33年12月19日発行)に記載されており、本件登録実用新案の出願前公知であつたものと認められるから、この相違点②に関する前者の構成は、第4引用例および第5引用例の刊行物の記載に基づいて当業者がきわめて容易に想到実施し得る程度のものと認める。

なお、被請求人は答弁書において、第4引用例記載のものは、電気皿洗機に関するものであるから漏洩するものは水などの作動流体であり、しかも至近距離のものに影響を及ぼすに過ぎないのに対し、本件登録実用新案はマイクロ波の漏洩防止に関するものであつて不可視で且つ遠距離にある通信機器にも影響を及ぼすものであつて、漏洩するものが著しく異なるから、第4引用例記載のものを電子レンジに適用できるものでない旨主張する。

しかしながら、本件登録実用新案が解決せんとした課題(課題それ自体に格別の考案の存在を認められないことは前述のとおりである。)からみて、これら機器における技術を転用することは当業者の容易に推測し得る程度のことに過ぎないものと認められ、しかもその漏洩防止のための手段が、第4引用例記載のものと同様に、漏洩の原因となる電気要素(前者におけるマグネトロン、後者における電動ポンプ)を扉を開くに先立つて滅勢するというものである点で一致しており、漏洩するもの自体の差異に基づく構成上の格別の差異も見出せないから、この点に関する被請求人の主張は採用できない。

以上の通りであつて、本件登録実用新案の考案は、請求人が第1、第2、第4、第5の各引用例として夫夫提示し、本件登録実用新案の出願前頒布された各刊行物の記載に基いてその出願前当業者がきわめて容易に考案できたものと認められるから、その実用新案登録は実用新案法第3条第2項の規定に違反して為されたものであるので、同法第37条第1項の規定によりその登録を無効にすべきものとする。

4  審決を取消すべき事由

審決の理由の要点のうち、本件考案の要旨の認定は認めるが、その余はすべて否認する。上記の否認する点について被告が立証をしない以上、審決は取消を免れない。

第3請求の原因の認否

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の判断は正当であり、原告の主張は理由がない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるので、これを引用する。

理由

請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

原告は、本件審決について本件考案の要旨認定に関する部分を認めるのみで、その余の部分である本件考案を無効とした認定判断、即ち第1、第2、第4、第5の各引用例の記載内容、上記各引用例と本件考案との対比及び上記各引用例から本件考案がきわめて容易になし得たとの認定判断をすべて争つている。ところで、本訴は実用新案の登録無効審判請求事件につきこれを認容した審決に対する取消訴訟であるから、審決に示された登録無効事由は実用新案法3条により無効請求人である被告においてこれを立証すべきものと解するのが相当である。しかるに、被告はこの点についてなんら立証をしないから、審決は取消を免れない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 松野嘉貞 牧野利秋)

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